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東京地方裁判所 平成3年(ワ)10037号 判決 1993年1月27日

原告 有限会社籾豊

右代表者代表取締役 本宮豊

右訴訟代理人弁護士 菊地一夫

被告 株式会社宮城水産

右代表者代表取締役 石川純一

右訴訟代理人弁護士 永田晴夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金四二六万六四七二円及びこれに対する平成三年八月四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、水産物の販売及び加工を目的とする有限会社であり、被告は、飲食店の経営等を目的とする株式会社である。

2  原告は、訴外小川賢司(以下、単に「小川」という)に対し、後記3のとおり、平成二年八月から平成三年二月まで鮪等の鮮魚を継続して販売・納入した(以下、これを「本件取引」という)が、被告は、以下の理由により右取引により生じた後記の売買残代金債務を支払う義務がある。

(一) 代理による契約

被告は、「大番寿司」なる屋号で複数の寿司店を経営しているが、小川も、被告の従業員であり、被告の経営する寿司店の一つである大番寿司一番街店(以下「本件店舗」という)の店長として、被告を代理して営業に関する取引を行う権限を有しており、本件取引も被告の代理人としてこれを行った。

(二) 表見支配人

仮に右(一)が認められないとしても、被告は、小川に対し従業員(すなわち使用人)として「店長」なる名称を付与し、本件店舗の経営を任せ、小川も右の店長として本件取引を行った。そして原告は、小川の右名称を信頼して本件取引を行ったものであるから、被告は、商法四二条により本件売買代金を支払う義務がある。

(三) 名板貸

仮に右(一)、(二)が認められず、小川が被告の使用人でないとしても、被告は小川に対し、本件店舗において「大番寿司」の屋号を用いて営業を行うことを許し、また、小川を含む同店従業員に対し、被告の他のチェーン店である大番寿司本店の従業員と同一の制服を着用させ、右制服に「宮城水産」なる被告の商号入りの名札を着けさせ、「大番寿司本店」と「大番寿司一番街店」とが印刷された、大番寿司本店と共通の領収書を使用させ、被告の商号入りのマッチ箱を使用させ、大番寿司本店の電話番号を併記した箸入れを使用させていた。

右により被告は、小川に対し、被告の商号又はその屋号である「大番寿司」の名称を使用して営業を行なうことを許諾した。

一方、原告は、その従業員が本件店舗における右の制服、名札、領収書、マッチ箱、箸入れを見て、「大番寿司」は被告の屋号であり、被告が本件店舗を営業しているものと誤認した。

以上により、被告は本件店舗が被告により経営されているとの外観を作出したのであるから、商法二三条により本件売買残代金を支払うべき義務を負う。

3  原告は、小川に対し、別紙売掛金明細表に記載のとおり、平成二年八月一〇日から平成三年二月九日までの間、商品代金を原則として当月中に支払うとの約束で鮪等の鮮魚を継続して販売・納入した。

右販売代金は、同表記載のとおり総額で一四五七万四二七三円であるが、別紙支払明細表のとおり合計一〇三〇万七八〇一円の支払があったので、本件取引上の販売代金の残額は四二六万六四七二円となる。

よって、原告は被告に対し、右の残代金四二六万六四七二円及びこれに対する訴状送達の翌日であることが本件記録上明らかな平成三年八月四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実は否認する。

被告は、昭和六三年三月一日、小川との間で本件店舗の営業につき、次のとおりの経営委託契約を締結した。

期 間 右同日から一年間

受 託 料 一か月二八〇万円

経営委託の実態 小川は右受託料のほか、本件店舗経営の一切の費用を負担し、営業利益は全て小川が取得する。

すなわち、右経営委託契約は実質的には本件店舗についての転貸借契約にほかならず、右受託料も法律的には転貸料である。小川は自己の計算で独立の営業を行っているものであって、被告の従業員ではなく、被告の代理人でもない。

同(二)は否認する。そもそも小川は右のとおり被告の使用人ではないから、商法四二条の適用の余地はない。

同(三)のうち、従業員の名札、領収証、マッチ箱に被告の商号名が入っていることは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3の事実は知らない。

三  抗弁

1  請求原因2(二)(表見支配人の主張)について

仮に、小川が表見支配人であるとしても、同人は本件店舗において他の従業員から「社長」と呼ばれ、被告とは別個の経営主体として扱われていたものであり、原告は、本件取引当時小川が被告の使用人ではなく、被告の支配人ではないことを知っていた。

2  請求原因2(三)(名板貸の主張)について

仮に被告に名板貸人の責任があるとしても、原告は本件取引当時、小川と被告とが前記経営委託関係にあって、小川が独立の経営主体であることを十分認識して右取引を行っていたものであり、仮にそうでないとしても、原告は、右取引当時本件店舗の経営主体が被告であるか小川自身であるかを確認すれば容易に判明するはずであるのに、その確認をしなかったから、重大な過失がある。

四  抗弁に対する認否

抗弁1、2は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがないので、まず、原告主張の代理の成否について判断する。

1  右判断の前提として、小川の本件店舗における営業形態につき検討するに、<書証番号略>(店長経営委託契約書)、<書証番号略>(被告の総務兼経理部長である桂達桜の証人調書)並びに証人荒木完治の証言によれば、本件店舗は昭和五八年ころ被告が開店し、開店当初から「大番寿司」なる店名を使用していたこと、被告は本件店舗のほか二三店ほどの飲食店を有し、うち一五店舗が経営委託の形式をとっており、本件店舗についても昭和六三年三月一日から経営委託の形式をとっていること、一方小川は、昭和六一年ころから本件店舗の店長として被告に雇われていたが、昭和六三年三月一日被告との間に経営委託契約を締結したこと、右の経営委託契約によると、小川は自己の責任と負担のもとに本件店舗の営業を行い、一か月二八〇万円の受託料を「本部納入金」として被告に支払うほか、家賃等を除く、人件費、水道光熱費等の店舗経営費用を小川が負担する代わりに、右受託料をこえる営業利益については同人がこれを取得することとされていること、右経営委託契約の実体は店舗の転貸借契約であって、右受託料もその実質はほぼ賃料に相当するものとみられること、右経営委託契約後は、魚の仕入れ、米、酒、クリーニング屋等の取引先に対し小川が直接これらの支払いをし、税金、従業員の給料、光熱費等の諸経費についても同人が負担する経営形態に移行していたこと、

以上の事実が認められる。

2  右認定事実によれば、原告が小川と本件取引を継続していた当時における本件店舗の営業は、被告の営業の一部分をなすものではなく、小川が被告から経営委託を受けて、小川の計算と名においてなされる独立の営業形態であったと認めることができる。

この点に関し、前記<書証番号略>には、小川を「従業員店長」と表示し、本件店舗の営業権は被告に帰属する旨の記載があるほか、被告が本件店舗に自由に出入りし、小川に対して必要な助言・監督をすることができる旨、また、小川が被告指定の制服着用、メニューの品目等に関し被告の指示に従わないときは、小川の店長たる地位を解任して本件経営委託契約を解除することができる旨の条項があるが、前記<書証番号略>によると、これらの条項や記載部分は本件店舗の賃貸借契約上その転貸が禁止されていることを潜脱するためにおかれた付随的な条項であると認められ、前認定のような本件委託契約の本質に影響を及ぼすものとは認められないから、<書証番号略>中の右各記載部分も前記判断の妨げとはならない。

また、<書証番号略>により認められる本件店舗の営業許可を被告名義で受けている事実も、右判断を左右するものとはいえない。

3  以上によれば、小川と原告との間の本件取引は、小川が被告の従業員として行ったものではなく、本件店舗における小川自身の営業行為というべきであって、小川が被告の営業行為を代理してなしたものということはできないから、原告の代理行為の主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

二  そこで次に、表見支配人の主張につき判断するに、商法四二条に規定する使用人は、必ずしも営業主と雇用関係にある者だけに限られず、これと委任関係にある者も含まれると解されるが、その場合においても、当該営業者の行う営業活動が、営業主の行う本店または支店の営業活動の一部をなしていることが前提となっており、当該営業者が右営業主と別個独立の営業主体であるときは後記の名板貸の責任の有無が問題となることはあっても、右は商法四二条にいう使用人ということはできず、同条の適用の余地はないというべきである。

本件においては、前認定のとおり、小川は本件店舗の経営につき被告との間に経営委託契約を締結しており、被告と委任関係にあったものということはできるが、右経営の実体は、小川の計算と名においてなされる独立の営業形態であって、被告の営業活動の一部をなすものとはいえない形態であったから、小川は商法四二条に規定する使用人には当たらないといわなければならない。

したがって、原告の表見支配人に関する主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

三  次に、名板貸の責任の成否につき判断する。

1  前記<書証番号略>、並びに前記証人荒木及び証人本宮典幸の各証言を総合すれば、被告は、本件店舗について小川との間に前記の経営委託契約を締結して同店を直営店から委託店舗にした後も、小川に対し、同店が従前から使用していた「大番寿司」なる屋号を使用させたこと、右の屋号は、被告の他のチェーン店である大番寿司本店と同様の屋号であること、小川を含む本件店舗の従業員は、右委託経営前と同様に右大番寿司本店の従業員と同一の大番寿司の屋号入りの制服を着用し、その制服に「宮城水産」なる被告の商号入りの名札を付けていたこと、また、本件店舗においては、被告が直営していた時に使用していた被告の商号入りの領収書、マッチ箱をそのまま流用していたこと(この点は当事者間に争いがない。)、右の委託経営は、昭和六三年三月一日から小川が所在不明となった平成三年二月ころまでの三年間にわたり続いたこと、

以上の事実が認められ、他に反証はない。

右認定事実によれば、被告が小川に対し、右「大番寿司」なる店名の使用を明示的に許諾するとともに、被告の商号が記載された前記名札、領収書、マッチ箱の使用を認めていたことから、被告は小川に対し、被告の商号を使用して本件店舗の営業を行なうことを黙示的に許諾したものと認めるのが相当である。

2  次に、前記証人本宮の証言と<書証番号略>、並びに前記証人荒木の証言によれば、原告と小川との本件取引は、平成二年四月二六日小川が飛込みで原告の店舗に鮪を買いに来たことから始まったものであること、右取引の当初は小川が即金で代金の支払をしていたが、その後小川の申し出により、同年八月一〇日の取引から掛け売りとなったこと、右取引が始まって約一か月後、原告の従業員である本宮典幸らが本件店舗を訪れたが、その際同人は、本件店舗の従業員が着用していた制服に、前記のように「宮城水産」なる被告の商号を示す前記名札が付けられていることを現認し、本件店舗は「大番寿司」の店名で被告が経営している店であると思ったこと、また、その際右本宮は、本件店舗内に店舗従業員の名前の書いてある木札を見て、小川の木札の名前の上に肩書がなかったことから、小川は仕入れ担当の被告の従業員であろうと思ったこと、店名の「大番寿司」の名下には「一番街店」との表示があることから、右本宮は、他に本店が存在し、経営者が本件店舗のほかにも手広く寿司店を経営しているものとの認識を抱いたことがそれぞれ認められる。

この点に関し、前記荒木の証言中には、本件店舗の従業員である右荒木が同店を訪れた原告の従業員らに対し、小川は同店の社長であって、被告からその経営委託を受けて営業していることを告げた旨証言する部分もあるが、右は前記本宮の証言に照らし、信用できない。

右によれば、原告の右従業員らは、本件店舗の経営主体が前認定のとおり小川であることを知らず、これが被告であるものと誤認したことが認められる。

3  そこで、原告が右誤認をしたことにつき悪意又は重過失があったか否か(抗弁2)につき判断する。

商法二三条は、商号などの使用の許諾により作出された外観を信頼して取引した第三者を保護する規定であるから、当該第三者に悪意又は重過失があるときは、右第三者を保護する必要はなく、同条の適用は否定されるものと解されるところ、前認定の事情からすれば、原告が悪意であったと認めることはできない。

しかしながら、前記2に掲記の各証拠によれば、原告と小川との本件取引が始まって以来、小川はほとんど毎日のように原告から鮪等を購入し、金額・数量ともに相当多い売買取引となっていたこと、もともと小川は前記のように飛込みの客であったうえ、本件取引が掛け売りとなった以降も売買はほとんど毎日のように継続したにもかかわらず、原告は、本件店舗の経営実態につき十分な確認を行なわなかったこと、原告の従業員である前記本宮らが本件店舗を訪れた際も、同人らは同店の経営主体につき何ら発問することはなかったこと、そして、原告は、本件店舗の経営実態や小川の信用状態につき十分な調査をしないまま、小川からの売買代金の支払が滞りがちとなった後も本件取引を続け、結局平成三年二月九日までの長期間にわたり、漫然と本件取引を継続したことがそれぞれ認められ、右のような諸事情に照らすと原告が本件店舗の経営主体が被告にあり、本件取引の相手方が被告であると誤認したことについて重大な過失があったものと認めざるをえない。前認定のとおり、右本宮らが本件店舗を訪問した時点では未だ小川に対する掛け売りは始まっておらず、右当時原告が経営主体について強い関心を抱かなかったことには無理からぬ面があるとしても、右にみたようなその後の取引継続の過程における原告側の対応からすれば、原告は、当該取引の相手方の信用や経営実態等を調査する等、商人が通常とるべき基本的な措置を講じなかったものといわざるをえない。

右によれば、原告は被告に対し、名板貸の責任を問うことはできないといわなければならない。

三  以上によれば、原告の本訴請求は、結局理由がないことに帰するからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大和陽一郎)

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